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〜〜 罠の底 〜〜

「陽子ちゃーん!  もう遅いから、お風呂入っちゃってよ〜」
「あ、ハーイ!」
階下からお母さんの声がした。

急に我に返った。

あーもう!バカ良一のせいで、ヘンなことしちゃった。
さっさと片づけて、お風呂に入ろう。
これはやっぱり、明日突っ返そう。
また着たくなったらやだし… ヘヘ。

えーと、鍵、鍵。
とりあえず、体の横と首輪だけ外れれば脱げるから、腰から外すか。
右の腰の南京錠は…8番。
鍵束の中から、「8」とテープの貼られた鍵をつまみ、「ヂッ」と差し込む。

あれ?

回らない。

もう一度鍵を抜いて良く見る。

「8」

いいのよねぇ。

もう一度。

あ、やっぱりだめだ。
番号テープの貼り違えかな?

そしたら、反対側を外して、あとでゆっくり合うのを探そう。

左の腰の南京錠。「6」番

え?

うそでしょ?
ちょっと!

差込みが甘いのかな?

これはまずいわ。

ちょっと冷や汗が垂れる。

あ、なんだ、「6」と「8」が入れ違ってるのね。

「8」を差してみる。

回らない。

ちょっとちょっと!
なんなの、これ!

あ、そうか。鍵束のを全部差して見ればいいんだ。

「1」
だめね
「2」
「3」
「4」
「5」

言いしれぬ不安が脳裏をかすめ、指先と手のひらにジットリと冷たい汗が出る。

「6」
「7」
「8」
「9」
あっ! あ。 違う…

「10」
「11」
「12」
うそでしょ…

「13」
そんな…

「14」
うそ…

「15」

…

口を少し開けて、下唇を歯でくっと噛む。
唇が異常に冷たい…
手が震えてる…

突然、狂ったように右の腰の南京錠にもどり、
「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「6」
「7」
「8」
「9」
「10」
「11」
「12」
「13」
「14」
「15」

だめだ!

どうしよう。
良一に着てみたことがバレる。

きっと業者が取り違えたのね。
なんて迷惑な!
あ〜でもこっそり着たのは私だから、強いこと言えないわね。

とりあえず他の鍵を外して、この部分をどうするか考えよう。

胸の横…「10」番
…だめじゃん!

反対側…
…だめ…

急速に、ある恐ろしい事実に近づいている。

…考えたくない!

ああ、どうして着ける前に確認しなかったんだろう!

でも、これだけちゃんと番号振ったりしてあれば、普通、疑わないよぉ。

鍵を15個も差し替えるのに疲れたので、一番恐れていることに挑戦。

「1」の鍵を握り締め、首輪の南京錠へ…

…

…もう、失神しそうだった。
股が擦れるのもかまわず、その場にへなへなと座り込んだ。

要するに…
鍵は全部偽物、というか…
わざと違う鍵がこれみよがしに付属していた、というわけだ。

しょうがない。
こうなったら革の方を切ろう。
良一には正直に話そう。

もうサイテー。
暗い気分。

机の引き出しからハサミを出して、一番たるみがあって安全そうな、お腹のあたりのベルトに当てる。
「ぎいいいっ!」
渾身の力を込めるが、ベルトの角がわずかにささくれた程度で、全然歯が立たない。
カッターも試してみる。
傷すら付かない。
かすれた跡が残るだけだ。
しかも刃が滑って、お腹を刺しそうになった。

心の底で、いざとなったら革なら切ればいい、と思ってた。
ただの「切る」という行為が、材質と道具立てによっては、時にこんなに恐ろしい無力感を味わされるものだとは…
大雪の雪かきを、スプーン1本でやってみろと言われてる気分。
淡々と作業し続ければ、いつかは傷が少しずつ深く進んで、切断できるのかもしれないけど…
とても到達できない、激しく遙かな目的地。

どんどん焦ってくる。
冷や汗が垂れる。
さっきの動悸とは違う、絶望の動悸に心臓がバクバク言う。

あとは…下に降りて、お父さんの道具箱の中を探すしか…

こんな格好で、どうしよう。

とりあえず、ブラ…

だめだ。
ベルトの上からじゃサイズがぜんぜん合わない!

ノーブラでセーターを着る。
う、うわ!
すごい胸。
乳首が…引っ込まないよォ!
まずいよ、これ。
ああああ…
でも、他に手が無い。

スカートをこのボンデージの上から穿く。
ベルトで絞られた腰のくびれにストンと引っかかり、
いつもより逆にゆるく感じる…

ボンデージの入ってた袋と南京錠の台紙、それに役立たずの鍵束を片づけ、
クローゼットに押し込む。

外したブラと、濡れちゃったショーツを持つ。

すごいヘンな感じ。
見た目は胸が強調されてるだけだけど… 
この普段着の下が、あんな凶悪な拘束具だなんて…

普段着に包まれた私の体は、身じろぎも禁じられそうなほどギチギチに締められている。

「ガチャ」
部屋のドアの鍵を外す。
そして、ドアを開けようと思った瞬間、姿見が目に入った。

く、首輪!!!

大変だ!
開けかけたドアを急いで閉め、丸首のセーターを脱いで、タートルネックのセーターを出す。
ああん。
乳首が擦れる〜
でもそんなこと言ってる場合ではない。

一応姿見で確認してから、部屋のドアを開ける。

胸は腕で隠す。

階段が…きつい…
擦れて…
リベットがクリトリスをついついと押し上げる…

サイテーの気分なのに…
無理矢理キモチ良くなってきた。
ダメっ。

やっと階段おわり。
いつもはタタタタタと意識せず降りちゃうのに…

居間でテレビを見てるお父さん。
「ねえ、工具箱ってどこだっけ」
なるべく離れたところから声を掛ける。
「あ?
 納戸の手前にあるよ。すぐわかる。
 …おや?」
ドキイ!!
「陽子、なんか色っぽいな」
「なに、もろオヤジ入ってるのよ!
 ドライバー借りるよ」
「おう」

自分の顔が真っ赤になってる…

ゆっくりと廊下を歩いて納戸を開け、工具箱を掴んで、2階に戻る。

服は着たままベッドに腰掛け、工具箱を開ける。
おっきなニッパー。これなら…

セーターを捲くって、革のベルトにニッパーをあてがい、力いっぱい握る。
「うう〜〜んッ!」
だめだ。
やっぱり角がささくれただけ。
なんて硬い革なの!?

ノコギリ…はムリだ。
首には使えない…
それに、カッターでもあれだけちょっとしか傷が付かなかったから、多分ノコギリでも無理だろう。
ごついラジオペンチもあるが、中心の刃まで革が入らない。
革なんて、何ででも切れそうなくせに、いざ切ろうとするとこんなにも不可能なものなの?
多分、厚みと加工のせいだろう。
革の財布のキットを作ったことがあるけど、あの時はカンタンにハサミで切れたもん。

絶望に打ちひしがれて、工具箱を閉じる。
あるいはDIYショップにでも行けばあっさり切断する工具があるかもしれないが、
もう夜の10時だし、あそこはお父さんに車で連れてってもらわないと行けない。

万事休す。
不自由な体で、工具箱を納戸に戻しに行く。
無理矢理の刺激に腹が立つ。

「おかあさーん。 気分悪いから、お風呂いいや」
「あ、そう。 大丈夫? それなら早く寝なさい」
「はーい」

自分の部屋に戻り、またベッドに座る。

なんでこんなことに…

良一のバカ…

…?
ひょっとして…
良一に…嵌められた?

あいつ…
私が勝手に着るかもしれないって予測して…
わざと…
鍵を…!!

怒りに任せて部屋を飛び出し、サンダルをつっかけてお隣へ。
股が擦れるのなんて忘れた。

夜遅いことも忘れてチャイムを連打した。
「ピンポンピンポンピンポーン」
おばさんが出てきた。
「あら。陽子ちゃんどうしたのこんな遅く」
「ごごごめんなさい。良一います?」
「部屋にいるけど」
「ちょっと宿題のことで…」
「ああ、いいわよ」
「失礼します」
半ば押し入るように上がり込むと、不自由な体できしきしと階段を昇った。


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